『焦って誤魔化す』パターンを見つけた話

自分の事を知るって簡単ではない。
そうでありたい願望とか、そんなだなんて気がつきたくない願望とかある。

Fish Don’t Talk About Water(魚は水を語らず)なんて学習哲学を掲げてる所もあるし。

趣味のエクササイズとしてバレエをやっている。

レッスン中、何か閾値があるのか、突然、全く回れなくなる、というのが起こる。

再現よく『できなくなる』ので、確実に改善できるところがあるとわかる。
が、何を変えれば良いのか直ぐにはわからない。見つかるまで頑張るしかない。

幸運にもとても熱心な先生に恵まれていて、先生はあれかこれかと色んな改善案を次々出しては一緒に悩んでくれる。

いつものパターンが来てしまった時、ふと先生が、
『出来なくなってくると、焦って力任せに誤魔化しちゃう癖がありますね。』
と教えてくれた。

そのやり方だと、たとえ出来てもマグレっぽい。
一瞬『出来たね!』となって、根本解決はしない。むしろ苦労しそう。

子供の時だったら、多分、何度か闇雲にやっていく中で偶然できるやり方が見つかって、
感覚を頼りにそれを繰り返して『あるべきカタチ』を定着させるんだろう。

そうやって何とかなってしまったんだろうな。
うまく行ってるうちはいいけど、うまくいかなくなったら、それは作戦を変えないと行けない。

さて、その時期たまたま、数年ぶりn回目のおピアノ集中特訓(自主トレ)をしていた。
週に1回とか2-3日に1回程度では、到底昔のようには指は動かない。

んだが、辛うじて動くようになってくると、目につくのは「昔の良くない癖」。

というより、いいも悪いも含めて「昔の癖」を掘り起こして「弾ける」を取り戻そうとしてるんだから、そうなるわな。

だいぶ小慣れてきた時、苦手な運指を音の強弱と力任せで、ささっと通り過ぎて、ハッとする。

この癖、ピアノでもやってたんだ。
かなり昔から持ってる『その場しのぎ』だったんだな。

たまたま先生が「パターン」を見つけてくれて、意識に上がるようになって初めて、数年前の癖の中に「パターン」を見つけることができた。
嬉しい。コーチングだわぁ。

もしも、もっとピアノ上手くなりたい、と切実に思うことがあったら、10代の頃にこの『誤魔化し癖』に気づいていただろうか。

何れにせよ、当たり前に自分の中に有るもの、に自発的に気がつくのは本当に難しい。

一緒に寄り添ってくれて、信頼のもとで指摘してもらった時こそが「変わる」のスタートラインだなぁとしみじみ。

そして、あくまでスタートであって、解決策はすぐに見つかることもあれば、そうでないことも。

総合力みたに全体を底上げしないと何ともならないこともある。

ちなみに、バレエの「回れない」は後者で、いろんな所にテコ入れしてちょっとずつ改善している(先生ありがとうありがとう)。

思えばここ5年くらいで少しずつ、一人でやらない(できない)こそが大事だと痛感するようになってきて、だから、研究やめて民間就職しようと思ったし、恋愛(パートナーシップ)をしていこう、と思ったんだったな、と気持ちが新たになった。

一人じゃできないけど、一緒に取り組むことで、できるようになっていく、をやっていこうと思った。


全く関係ない話だけど、バレエの先生、先生であると共に「推し」なので、何と言うか尊い。

本当に同じ人間、同じ女性なのか?!綺麗すぎる。あと体力とかアシスト力もすごい。理想が人の形して歩いているな、とレッスンのたび思う。

「推し」として見てると平常心を失ってレッスンどころじゃなくなる。
そんな時期も長かったんですが、ようやく最近、落ち着いてレッスンに集中できるようになってきました。楽しいです。

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